【広島2015】呉・大和ミュージアム

呉を訪れた目的は大和ミュージアム

戦艦「大和」を建造した軍港、日本一の海軍工廠のまちとして栄え、戦後は、世界最大のタンカーを数多く建造する明治以降の「呉の歴史」と造船・製鋼を始めとした各種の「科学技術」を紹介する博物館。館内には、零式艦上戦闘機六二型などの貴重な実物資料の他、船を中心とした科学技術の原理を体験・体感を通してわかりやすく紹介している展示室があります。

大和ミュージアムHPより



入り口の外の展示

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館内に入ると10分の1の模型の戦艦大和があります。


戦艦「大和」は、昭和16(1941)年12月、呉海軍工廠(海軍直轄の工場)で、当時の最先端技術の集大成でありながら極秘裏に建造された世界最大の戦艦です。しかし昭和20(1945)年4月7日、沖縄特攻作戦に向かう途上、米艦載機の攻撃を受け沈没、乗員3,332名のうち3,056名が大和と運命を共にしました。
しかし、戦艦「大和」建造の技術は生き続け、世界一の大型タンカー建造だけにとどまらず、自動車や家電品の生産など幅広い分野で応用され、戦後の日本の復興を支えてきました。
10分の1戦艦「大和」は、平和の大切さと科学技術の素晴らしさを後世に語り継いでいます。

HPより


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10分の1でもすごい迫力があります。

館内の上の階から見下ろした大和模型


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零式艦上戦闘機六二型

零式艦上戦闘機の開発には、広海軍工廠で研究・開発された技術が活かされました。機体全てを金属で製作する技術、運動性重視から主翼を片方だけで支える強度維持の技術、桁と外板で主翼の強度を保持する技術などは、日本国内では広海軍工廠からはじまりました。



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特攻兵器「回天」十型(試作型)

呉海軍工廠を中心に研究開発された特攻兵器「回天」は、海軍の青年士官から提案されたものです。平均年齢21歳の100名以上の尊い命が失われました。

全長9メートル、重量2.5トン、乗員1名


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特殊潜航艇「海龍」(後期量産型)

「海龍」は飛行機のように翼を使って自由に潜航・浮上する事を目指して呉海軍工廠などで潜航実験や研究・開発が行われた小型潜水艦です。

全長:17.28メートル、水中速力9.8ノット、乗員2名



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大和ミュージアム内から見た呉の港

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パンフレット

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by tabi-omoide | 2015-09-25 10:00 | 広島2015