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【熊野古道2014】熊野那智大社・青岸渡寺

熊野那智大社

熊野那智大社社伝に「神武天皇が熊野灘から那智の海岸“にしきうら”に御上陸されたとき、那智の山に光が輝くのをみて、この大瀧をさぐり当てられ、神としておまつりになり、その御守護のもとは、八咫烏の導きによって無事大和へお入りになった」と記録されております。

命の根源である水が豊富にあふれ落ちる「那智大瀧」を、「神」としてあがめ、そこに国づくりの神である「大巳貴命」(大国主命)をまつり、また、親神さまである「夫須美神」(伊弉冉尊)をおまつりしていたのであります。

その社殿を、お瀧からほど近く、現在の社地に移したのは仁徳天皇五年(三一七年)
この時、大瀧を「別宮飛瀧大神」とし、新しい社殿には「夫須美大神」を中心に、国づくりに御縁の深い十二柱の神々をおまつりしました
熊野那智大社HPより

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熊野三山の中で、一番混雑していました。

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那智山は熊野三山の一つ。熊野信仰の霊場として長い歴史がある。もともと那智の滝を中心にした神仏習合の一大修験道場だったが、明治初期に青岸渡寺と那智大社に分離した。
今も寺と神社は隣接していて、双方を参拝する人が多い。



那智山 青岸渡寺(せいがんとじ)


「補陀洛(ふだらく)や岸打つ波は三熊野(みくまの)の那智のお山にひびく滝つ瀬」と御詠歌で親しまれている西国第一番の札所
印度天竺の僧、裸形(らぎょう)上人が那智大滝において修行を積み
滝壷で24cmの観音菩薩を感得し、ここに草庵を営んで安置したのが最初です。
その後、200年推古天皇の頃、正式に本堂が建立。
平安朝中期から鎌倉時代には、「蟻の熊野詣」といわれ、熊野三山の信仰がさかんになり、花山法皇が那智山を一番にして近畿各地の三十三観音様を巡拝、西国第一番札所となりました。

 青岸渡寺HPより


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三重塔と那智の滝


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那智の滝

落ち口の幅13メートル、滝壺までの落差は133メートル
一段の滝としては落差日本1位。華厳滝、袋田の滝と共に日本三名瀑に数えられている。


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飛瀧神社(ひろうじんじゃ)


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下の方に虹がかかっています。

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by tabi-omoide | 2014-12-02 10:00 | 熊野古道2014