カテゴリ:熊野古道2014( 8 )

【熊野古道2014】勝浦・ホテル浦島「忘帰洞」など

那智から勝浦に出て、
日帰り温泉を利用してきました。

有名な

勝浦・ホテル浦島の「忘帰洞」


帰ることを忘れるほどの温泉に入ってみたくて行ってきました。

勝浦港から見たホテル浦島

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ホテルの送迎の船で行きます。

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浦島だけに亀がお出迎え

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お風呂の写真は撮れないので

入浴券とスタンプ


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ホテル浦島の温泉は何か所かに分かれているのですが、宿泊しないから、あちこちには行けずに
忘帰洞を楽しんで来ました。


洞窟温泉テーマパークみたいです。
ここから夕日が見えたらいいだろうなあ・・・と思いつつ
タイミング合わず。




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勝浦はマグロの水揚げ量で有名

ちかくには鯨で有名な太地もあるし・・・
ここで食事をして、夜行バスで帰ります。



スジイルカの刺身

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マグロ丼


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唐揚げに見えるけど・・・くじらの竜田揚げです。


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ここで買ったお土産
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今回は歩く行程が多く、公共交通機関利用、
リュックサックをしょっての移動という旅だったので、
ほとんどお土産無し。最後に買ったのがお酒(笑)
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by tabi-omoide | 2014-12-03 10:00 | 熊野古道2014

【熊野古道2014】熊野那智大社・青岸渡寺

熊野那智大社

熊野那智大社社伝に「神武天皇が熊野灘から那智の海岸“にしきうら”に御上陸されたとき、那智の山に光が輝くのをみて、この大瀧をさぐり当てられ、神としておまつりになり、その御守護のもとは、八咫烏の導きによって無事大和へお入りになった」と記録されております。

命の根源である水が豊富にあふれ落ちる「那智大瀧」を、「神」としてあがめ、そこに国づくりの神である「大巳貴命」(大国主命)をまつり、また、親神さまである「夫須美神」(伊弉冉尊)をおまつりしていたのであります。

その社殿を、お瀧からほど近く、現在の社地に移したのは仁徳天皇五年(三一七年)
この時、大瀧を「別宮飛瀧大神」とし、新しい社殿には「夫須美大神」を中心に、国づくりに御縁の深い十二柱の神々をおまつりしました
熊野那智大社HPより

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熊野三山の中で、一番混雑していました。

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那智山は熊野三山の一つ。熊野信仰の霊場として長い歴史がある。もともと那智の滝を中心にした神仏習合の一大修験道場だったが、明治初期に青岸渡寺と那智大社に分離した。
今も寺と神社は隣接していて、双方を参拝する人が多い。



那智山 青岸渡寺(せいがんとじ)


「補陀洛(ふだらく)や岸打つ波は三熊野(みくまの)の那智のお山にひびく滝つ瀬」と御詠歌で親しまれている西国第一番の札所
印度天竺の僧、裸形(らぎょう)上人が那智大滝において修行を積み
滝壷で24cmの観音菩薩を感得し、ここに草庵を営んで安置したのが最初です。
その後、200年推古天皇の頃、正式に本堂が建立。
平安朝中期から鎌倉時代には、「蟻の熊野詣」といわれ、熊野三山の信仰がさかんになり、花山法皇が那智山を一番にして近畿各地の三十三観音様を巡拝、西国第一番札所となりました。

 青岸渡寺HPより


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三重塔と那智の滝


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那智の滝

落ち口の幅13メートル、滝壺までの落差は133メートル
一段の滝としては落差日本1位。華厳滝、袋田の滝と共に日本三名瀑に数えられている。


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飛瀧神社(ひろうじんじゃ)


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下の方に虹がかかっています。

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by tabi-omoide | 2014-12-02 10:00 | 熊野古道2014

【熊野古道2014】那智・補陀落山寺(ふだらくさんじ)

新宮から那智に移動

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真っ先に訪れたのは駅のそばの

補陀落山寺(ふだらくさんじ)です。


補陀洛渡海とは、平安時代から江戸時代にかけて、小さな船に閉じこもり30日分の脂と食糧をたずさえて、生きながらにして南海の彼方にあると信じられていた観音浄土を目指すというもので、補陀洛山寺は補陀洛渡海の出発点として知られる寺です。


Wikipediaより


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補陀落渡海船(ふだらくとかいせん)

生きながらにして観音浄土を目指す為、約30日分の食糧を積み込み、外から釘を打ちつけて航海に出たとされています。



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by tabi-omoide | 2014-12-01 10:00 | 熊野古道2014

【熊野古道2014】新宮・居酒屋「食心奉」さん・徐福公園など

新宮ではビジネスホテルに宿泊して、居酒屋に行くというパターン

居酒屋「食心奉」さん

お通しのマグロ煮とじゃばら酒
じゃばらは、みかんでもゆずでもないこの地方の柑橘です。

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ゴンドウ鯨の刺身

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熊野牛のすじ煮込みと刺身盛り合わせ

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などなど。地方の名物と名酒を味わってきました。



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ビジネスホテル・サンシャイン室内  シングルルームです。

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ここでは無料で自転車が借りられたので、あちこち見ることができました。

おもてなしの心として「しおり」をいただきました。

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ホテルのレンタサイクルで行ってきました。


徐福公園

伝承によると、徐福は秦の始皇帝に東方にある蓬莱・方丈・瀛州に不老不死の霊薬があると具申し、命を受けて財宝と共に数千人を従えて秦から東方に船出したというが、その内蓬莱に当たるのがここ新宮とされていて、徐福はその後新宮に住み着いたという。ここに住み着いた徐福とその従者たちは大陸からの文化や農耕、捕鯨や漁業に関する技術を新宮の人々に伝え、ここ新宮の地で歿したと伝わっている。

  wikipediaより



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さすが和歌山県、あちこちにみかん屋さんがあります。
一袋100円で7~10個くらい入っていて、甘くておいしい!


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速玉大社の近くでは那智黒(飴)ソフトも食べました。
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新宮駅で紀勢本線に乗り、那智に移動です。


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by tabi-omoide | 2014-11-30 10:00 | 熊野古道2014

【熊野古道2014】新宮・熊野速玉大社&神倉神社

熊野速玉大社


熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)と熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)を主祭神とする。
熊野速玉大神は、熊野速玉大社では伊邪那岐(イザナギ)神とされ、熊野本宮大社では同じ神名で日本書紀に登場する速玉之男(はやたまのを)とされる。また、この速玉之男神の名から神社名がつけられたといわれる。熊野夫須美大神は伊邪那美(イザナミ)神とされる。もともとは近隣の神倉山の磐座に祀られていた神で、いつ頃からか現在地に祀られるようになったといわれる。神倉山にあった元宮に対して現在の社殿を新宮とも呼ぶ



Wikipediaより


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八咫烏神社
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ご神木「なぎ」

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境内にそびえる樹齢千年のナギの大樹は熊野権現の象徴として信奉篤く、古来から道中安全を祈り、この葉を懐中に納めてお参りすることが習わしとされています。熊野牛王とナギの葉をいただくことが、難行熊野詣を無事果たす大きな支えとなりました。「千早ふる 熊野の宮のなぎの葉を 変わらぬ千代のためしにぞ折る」                       藤原定家


熊野速玉大社HPより


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神倉神社

神倉神社は新宮市の西端に聳えたつ権現山の南東端、本社の飛地境内地となっている神倉山に鎮座しています。源頼朝が奉納したといわれる五三八段の急峻な石段を登った先に鎮まる巨岩ゴトビキを御神体とし、高倉下命、天照大御神を祀っています。神倉山の峻崖は、日本書紀にある天ノ磐盾であると伝えられ、熊野三所大神が天降った聖地です。

熊野速玉大社HPより


新宮市内より見える神倉神社

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熊野の神々は、神代の頃、まず初めに神倉山のゴトビキ岩に降臨された。

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神倉山より熊野灘

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by tabi-omoide | 2014-11-29 10:00 | 熊野古道2014

【熊野古道2014】中辺路・発心門王子~熊野本宮大社

湯の峰温泉を後にして再び熊野古道・中辺路を歩きます。
全行程を歩くのは体力と時間の都合であきらめて、

発心門王子から熊野本宮大社までの7kmを歩きました。
ここからは本宮の神域とされています。



発心門(ほっしんもん)王子

五体王子のひとつとして格別の崇敬をうけた。現在の社殿は絵巻を参考に復原されたもの。


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標識に八咫烏(やたがらす)登場

八咫烏は、日本神話において、神武天皇を大和の橿原まで案内したとされており、導きの神として信仰されている。また、太陽の化身ともされる。
なお、「八咫烏」(3本足のカラス)は古代中国から日本に伝わったとされる。

熊野三山においてカラスはミサキ神(死霊が鎮められたもの。神使)とされており、八咫烏は熊野大神(素盞鳴尊)に仕える存在として信仰されており、熊野のシンボルともされる。近世以前によく起請文として使われていた熊野の牛玉宝印(ごおうほういん)にはカラスが描かれている。


Wikipediaより


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伏拝(ふしおがみ)王子

熊野本宮大社を一望し、有難さのあまり平伏して拝んだといわれる。

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本宮大社の旧社地・大斎原(おおゆのはら)の森を望む。

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和泉式部の詠んだ和歌



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  熊野本宮大社

神社縁起によれば、崇神(すじん)天皇の時代(前27~29)に社殿が建てられたと記されている。
社地はもともと大斎原(おおゆのはら)にあったが、明治22年に大洪水の被害にあったため、
現在の地に移された。


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八咫烏のポスト

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おみくじとお守りも八咫烏

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大斎原(おおゆのはら)

熊野本宮大社がもともとあった地

大鳥居は高さ34m、幅42m
2000年前に建てられた日本最大のもの。


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by tabi-omoide | 2014-11-28 10:00 | 熊野古道2014

【熊野古道2014】日本秘湯を守る会・湯の峰温泉「あづまや」さん

湯の峰温泉
日本最古の1800年前に開かれたと言われる温泉場
熊野詣の湯垢離(ゆごり)場だったころの面影を残している。

ここで身を清めてから、熊野本宮大社にお参りをした昔の人をまねて、湯の峰温泉で一泊します。


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ここには小栗判官が蘇生したと伝えられる、天然の岩風呂「つぼ湯」もあります。
今回は入らず。

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ここでの宿は
日本秘湯を守る会旅館あづまやさん


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槇の木を敷き詰めたお風呂。硫黄泉の良いお湯でした。
とても気に入ったので、誰もいない時にこっそり撮影。


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水を使うところに温泉を使った夕食

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写し忘れたけれど、美熊野牛の温泉しゃぶしゃぶもありました。
箱の中身は秋刀魚寿司です。

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翌朝は朝一番のバスに乗って移動するために朝食無しのプランでした。



前日に道の駅で買っておいた名物のめはり寿司・秋刀魚寿司・こんにゃく寿司のセット等々を
食べて出発です。

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by tabi-omoide | 2014-11-27 10:00 | 熊野古道2014

【熊野古道2014】中辺路(なかへち)滝尻王子~近露王子

熊野古道・中辺路(なかへち)を歩きました。

熊野古道は平安時代から千年の歴史を持つ信仰の道で、
古代から中世にかけ、本宮・新宮・那智の熊野三山の信仰が高まり、
熊野の神仏に救いを求め、上皇・女院から庶民にいたるまで、多くの人々が熊野を参詣しました。

「蟻の熊野詣」と例えられるほど、多くの人々が切れ目なく熊野に参詣したと伝えられています。

田辺から熊野本宮に向かう中辺路(なかへち)は最も多くの人が歩いたとされていて、
滝尻王子から熊野本宮大社まで全部歩くと約40kmあります。


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関東からのアクセス方法は色々あると思いますが、
今回は夜行バス(大宮発・池袋・新宿・横浜経由)で早朝に紀伊田辺に到着です。

夜行バスも様々ですが、3列独立シートで、飛行機のエコノミークラスよりは広い空間。
ブランケットも付いているし、エアー枕とアイマスクを持参して、
ぐっすりは無理だけど仮眠?はできました。

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予定時刻より早く田辺に到着、すぐに飛び乗るように路線バスに乗って滝尻王子に移動します。


熊野古道とは、昔の人びとが熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)にお参りした道のことです。

熊野古道沿いには、九十九王子(九十九は実際の数ではなく、数の多いことを表したもの)と言われる程たくさんの王子社があり、参詣者は王子社を巡拝しなが ら長く険しい旅を続けたのです。王子社とは、熊野の神様の御子神(ミコガミ)が祀られているところであり、参詣者の休憩所でもありました。
   田辺観光協会HPより



紀伊山地の霊場と参詣道として10年前の平成16年7月に世界遺産に登録されました。

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熊野古道館(案内・休憩所)朝早くて開いていませんでした。

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滝尻茶屋

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滝尻王子

中辺路の入口です。
熊野九十九王子の中でも格式の高い五体王子の一つ。
上皇や法皇の参詣の際にはここでも歌会が行われた。

滝尻の名は王子の脇まで急峻な地形で瀬音が滝のように聞こえたことから名付けられた。


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胎内くぐり

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乳岩

藤原秀衡が熊野参詣の際にこの岩屋に生まれたばかりの子を置いて本宮に参り、
戻ってみると岩から滴る清水が乳に転じて赤子を養っていたと伝えられる。

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針地蔵尊

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高原熊野神社

現存する古道沿いの神社の中では最古のもの。
春日造りの室町時代のもの。

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高原霧の里休憩所

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大門王子跡

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案内標識は至る所にあります

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大阪本王子
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近露王子
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熊野古道・中辺路 初日
滝尻王子から近露王子まで13km


休憩込みで7時間ちょっとかかって、頑張って歩きました。もうフラフラです。
昔の人が何日もかかって歩きとおしたのは健脚だなあとしみじみ感じました。

日ごろの移動に車ばかり使っているからと反省。



近露王子からバスに乗って 湯の峰温泉で一泊します。
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by tabi-omoide | 2014-11-26 10:00 | 熊野古道2014